昆布と食文化

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昆布と昆布だしの新しい利用法



 この度は日本調理食品研究会のセミナーにお呼びいただき厚く御礼を申し上げます。
 昨年は昆布から『うま味』発見100周年という節目の年を迎えました。『佳味は消化を促進する』という学説をヒントに東京帝国大学の池田菊苗教授は昆布だしの『うま味』成分を特定して調味料にすることで、日本人の体位向上に貢献しようとし『うま味』を発見します。以来100年我が国の調味料技術は常に世界をリードしてきました。
 日本の食文化の歴史の中で司馬遼太郎は『昆布以前、昆布以後』という明快な説明をしております。いかに昆布に代表される『うま味』が我が国の食文化に影響を及ぼしてきたかが分かります。そして仏教と同時に大陸(主に中国)から伝来してきた『食』の文化に日本本来の昆布が使われることにより、現在の『日本料理』の基礎が寺院の精進料理から派生することになります。
 その間王朝文化の有職料理、寺院文化の精進料理、茶道文化の茶懐石料理、武家文化の本膳料理など歴史的に様々な分野の料理形態を取り込み発展してきました。
 そうして日本料理は『走り』、『旬』、『名残り』を大切にする京料理に代表される独特の食文化を作り上げます。
 懐石料理のだしは『昆布』と『鰹節』。精進料理は『昆布』と『椎茸』や『根菜や豆類』に代表される『うま味』の相乗効果によってより強い『うま味』をそれぞれの料理分野で確立することになります。フランス料理におけるフォン、ブイヨン、コンソメのようなだしや中国の湯(タン)と呼ばれるだしに比べて、雑味の少ない『うま味』だけがシャープに感じることの出来る日本の『だし文化』、『うま味文化』は世界に誇る最高レベルです。
 『うま味』三要素といわれる昆布からグルタミン酸、鰹節からイノシン酸、干し椎茸からグアニル酸と全てが日本人の手により発見されていることから、日本人が料理の中で一番『うま味』を堪能している民族といっても過言ではないと思います。
<水と昆布だし>
 東京を中心とした東日本では『鰹節文化』といわれ京都、大阪を中心とした西日本は『昆布文化』と呼ばれます。九州で多く製造される鰹節は東日本へ、北の北海道で収穫される昆布が西日本へと物流を考えると不思議な現象が起きています。日本列島でクロスしています。
 水の硬度と深い関係がありそうです。関東では水の硬度は軟水の中でも高く出しは出にくくなります。特に濃い味を好む関東は鰹節を多く使いますが、そのことで魚臭くならないのが特徴です。逆に関西でははんなりとした薄味を好みます。軟水でも硬度が20ぐらいでだしが出やすく、鰹節を多く使えばそれだけ魚臭さも出ます。昆布を多く使い鰹節を少なくするやり方には理由がありました。東京に支店を出された京都の料亭では毎日硬度20の水を本店から送っているお店もあります。
<パリの日本文化会館での講演をきっかけに>
 平成18年9月に内閣府の日本ブランド推進委員会の要請を受け、パリの日本文化会館で『昆布の講演会』を開きました。話だけでは難しいので試食もということで準備の関係で80名入る中ホールで開催。1時間10分のパワーポイントを使った講演会とレセプションホールへ移動しての昆布だし(利尻昆布、日高昆布、羅臼昆布)の試飲と昆布料理(昆布巻、鯖鮨、おぼろ昆布のおにぎり、揚げ昆布等)の試食会、質疑応答と約3時間のイベントを行いました。参加者は圧倒的にフランスの方が多く、昆布に対する興味の深さに驚きました。印象的な質問ではどうして海生堂では同じ海草の『海苔』も扱わないのかといった質問を受け、昆布の専門店としての商いが日本では成り立つことを説明。フランス人が一番驚いてました。その後料理学校『コルドンブルー』のパリ本校での昆布の講座、ジャーナリスト向けの講演会。ブルターニュにある海洋研究所訪問と実りある旅になりました。
 その後昨年にも日本文化会館での日本料理講習会への参加。有名シェフとの懇談等を通じ、パリでの『昆布』の宣伝を少しずつ広げております。
 今、フランスの料理人は日本の『うま味』や『昆布』に大変興味を持っています。健康な食生活を楽しむ日本、カロリーを抑えた日本料理に興味があります。牛肉やバターを多用する料理から魚や野菜中心の日本料理に憧れているようです。羅臼昆布のだしが鳥肉のブイヨンの味に似ている事に驚きます。利尻昆布のだしの上品な味わいに喜んでくれます。植物性の素材で自分たちの味覚とそんなに変わらずに料理できることに一番驚いているようです。これからも『昆布』を使う料理人は確実に増えていくと思います。
 『うま味』の料理素材と『うま味』の調味料の新しい関係
 昆布や鰹節、椎茸の『うま味』を簡単に味わえる調味料はどんどん進化しています。顆粒の調味料を少し入れるだけで昆布だしや鰹節だしを手軽に味わえます。安心、安全で手軽な調味料はいまや食品業界では不可欠な食材です。
 私は昆布や鰹節にとことんこだわり、『うま味』調味料の何十倍、何百倍もする費用と技術を傾け一椀の『澄まし汁』に命をかける料理人、職人とのお付き合いが多く、又彼らのする仕事も理解しているつもりです。今回お呼びいただいた調理食品研究会のメンバーの方々の素晴らしいお仕事の内容も理解しています。味覚という人の本能を刺激する事の意味を今回の講演会が契機で今一度考えるチャンスが来ました。最終的には脳を刺激する作用に行きそうです。
 見方を変えて素材とそれを真似た調味料の関係を視覚に置き換えました。二年、三年と寝かせた『蔵囲昆布』と血合い抜きの『本枯れ節』というとことん素材にこだわり、だしを引く職人技を有名な絵書きの描いた『絵画』にたとえます。一点物ですから見て楽しむには当然高くなります。美術館のあるところまで出かけ、入館料を払い始めて楽しめます。お金がかかりますがまじかで堪能できます。
 調味料のほうは たとえ が良いかどうか分かりませんが、その絵画をテレビで鑑賞するような事ではないでしょうか。今テレビはデジタル時代で画像は昔と違い本物そっくりに楽しめます。技術革新の時代です。スイッチを入れるだけで自宅で横になりながらでも原画を目の当たりにするように楽しめます。
 さて問題はそれを楽しむ側にありそうです。職人の命がけの作品を時間が無いからといってサッと見過ごす人。その職人が好きで好きで仕方が無く、ハイビジョンで録画して何度も何度も楽しむ人。
 永平寺で食事をいただくときに『五観の偈』というお経をとなえてからいただきます。その最初に『功の多少を計り、彼の来処を量る』という経文があります。食事を作っていただいた方々の苦労をしのび、今いただく食材の作られてきた苦労に思いを起こせと言うような事です。
 作り手と味わう方の思いが一つになれば料理も違ったものになってきます。美味しい、不味いを超えたありがた味が出て来るのではないでしょうか。料理人とは哲学者のような人だという方がおられました。料理を通じて人となりを教えられることもあります。
 限られた方々の料理に心血を注ぐ料理職人の世界。国家レベルで安定的に安心で美味しい料理を供給することの難しい世界。どちらも私たちには欠かせない大切な世界です。
<ところで『昆布』のこと御存知ですか?>
 実は私も良くは分からないところがあります。真夏に昆布を収穫します。豊作、凶作、質の良い年、悪い年。何が原因なのか漁師さんたちにも良く分かりませんが、やはり地球の温暖化が影響していそうです。
 海で二年間かけて成長する昆布は環境の影響をもろに受けます。二年目の春先からの気象条件が特に昆布の成長に影響します。日照時間が足りなかったり、海水温が下がりすぎたり、逆に上り過ぎたりと気をもむ季節です。昆布は大きく長く成長はしますが、実入りが重要になってきます。実入りが少なくて等級の低い昆布に仕上がったり、実入りが過ぎて収穫時期には早く枯れあがってきて丈の短い昆布になったりします。
 昆布が成長する時期には、天敵であるウニやヒトデが近づかないことが分かってきました。多分何か物質を出しているようです。成昆布(2年生昆布)より1年生の若い昆布にぬめり成分の多い事も最近分かってきました。良くぬめるとされる『がごめ昆布』よりぬめり成分『フコイダン』が多く含まれます。 昆布は研究者をとりこにする事もあるぐらい不思議な植物です。
<昆布とワイン>
 昆布はワインと似ています。ワインのように収穫される場所、地理的要因で格付けがされたり、収穫年で価格が上がったり下がったり。ビンテージもあります。ワインのグランクリュ、プレミアクリュといったものが昆布の世界にもあります。別格浜、上浜、中浜、並浜と格付けされ区分されます。その収穫浜の格付けは昔から変わることはありません。当然価格にも反映されます。
 時間を置くと美味しくなる昆布があります。条件として天然昆布で全て天日干しされた昆布で、限られた収穫浜でとれた昆布です。グランクリュの1級と呼ばれるような別格浜の昆布を数年寝かせます。グレートビンテージと呼ばれる年もあります。弊社では『蔵囲昆布』と呼び、ワインカーブのような蔵で寝かせています。
終わりに
 今回の講演の御依頼を受けてから、テキストとは呼べませんが問題提起として色々と書かせていただきました。われわれ昆布商は科学者でもなく、日々経験則で動いております。化学的に分析したり培養したりといった資料と呼べるものは弊社にはありません。しかしこれを契機に皆様と今一度千年の歴史ある昆布を考え、明日の新しい調味料につながればこれほどの喜びはありません。
        株式会社奥井海生堂 奥井 隆 2009-6-5 日本調理食品研究会セミナーにて

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