日本の歴史の中で、仏教文化は多くの大陸の文化をわが国にもたらしました。なかでも精進料理は大陸の寺院、僧堂の食文化として伝来し、日本料理の起源となります。その経緯には、詫び寂びの我が国固有の茶の湯の文化との交わりがあります。そして、今日の『京懐石』は文字どおり我が国の食文化の礎となりました。
精進料理は、仏門の戒律によって、殺生禁断のたて前から、野菜と、その加工品が材料となっています。その中で、当時我が国にしかなかった昆布は、精進と云う限られた食材の中で、出し、煮物、揚げ物等多くの料理に活躍し貴重な存在となります。
精進料理では、季節感を大切にし、特に五味、五法、五色の組合せ、調理法が重要とされます。五味は、「しょう油、塩、砂糖、酢、辛」の調味料、五法は、「生、煮る、焼く、揚げる、蒸す」の調理法、五色は、「赤、青、黄、黒、白」の色彩を現わしています。日本料理は、まさに、この定式にしたがって作られており、料理というものが、舌で味わうとともに、目で味わうものとされています。
日本料理とは、日本人の感性のように控えめで淡い味わい、つまり素材そのものの味を大切にします。そして、盛り合わせの工夫、更にはうつわまで楽しむことができます。この日本人の根底にある高い美意識を常々誇りに感じています。
又、料理をいただく者が、その食材に対し、敬意と感謝を持ち、それを表す作法を身につけ、総合的な日本の食文化が築かれてきたと考えられます。
前述のように、五味、五法、五色の組合せを常に意識しながら、調理することで、栄養学の知識がなくても、健康を得る食事が叶うことは必然と云えます。もっとも、野菜中心の精進料理はつよい味や香りを持たないため、調理の工夫には大変な努力がなされたと思います。その結果、日本人は、だいこん、にんじん、さといもというありふれた材料そのものにも、切り方や味付けの仕方に地域による特徴が生まれ、それは「心の味」として伝承されています。そして、この食材の味付けの根底には、総じて日本料理の下支えとして昆布だしは大きな役割を担って来ました。
家庭料理においてもこの日本の食文化は消されることなく、健康的な食生活として受け継がれています。
(株式会社奥井海生堂 代表取締役 奥井 隆)