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奥井海生堂について 掲載記事の紹介



日本料理の四季 この道の目利き、腕利き、知恵袋14 「昆布」 柴田書店発行

 『昆布』 奥井海生堂(福井・敦賀) 

 プロの料理人さんならまずそういうことはないと思いますが、世の中に、“いい昆布ほど黒くて厚い”という間違った観念があるのは困った風潮だと思います。決してそうではないんです。
 天然の昆布のライフサイクルをかいつまんで申しますと、まず昆布の胞子が岩礁にくっついて成長を始めます。1年目は、まだ葉も薄くそんなに勢いもありません。これが秋から冬にかけて根元からの先の葉の部分が枯れて取れてしまう。そして春に新しく枝根が何本も出て岩礁にがっちりと着き、葉の部分もしっかりと長く成長するんです。そして2年目の夏に収穫時を迎える。この後、昆布はさらに成長を続け、秋から冬にかけて枯れてしまいます。1年目のひ弱な昆布は水昆布と呼ばれ、旨みの少ない、ほとんど価値のない雑昆布です。
 夏に収穫する2年生のものが品質的には一番よくて、われわれは“走り”と呼び、それ以後を、つまり8月の終わりから9月にかけて遅く収穫される昆布を“后採(ごど)れ”と呼び分けています。后採れは成長を続けていますから厚く黒々としていて見た目は立派。ですから、いわゆる“いい昆布”とされがちで、消費者はだまされてしまう。しかし、こちらはだしの出が悪く、アクが出ていけません。
 それにもう一つ、昆布の見分け方を複雑にするのが栽培昆布。これは採取した胞子を栄養の濃い栽培液に浸けて育てておりまして、この胞子をロープにつけて海に出すと、1年で成昆布になってしまいます。ただし栽培時に栄養を与えず、2年かけて育てるものもあり、前者を「促成昆布」、後者を「養殖昆布」と呼んでいます。栽培昆布は年々増えて、今や真昆布などでは天然を上回る勢い。しかし、だし昆布としては風味がもうひとつですね。現地ではいかに黒く、いかに天然に似せるかも課題のひとつで乾燥方法など工夫してますよ。ただし、最近では技術が発達して一概に天然に劣るとは言えなくなりました。Aの栽培昆布は、Bの天然ものよりいいっていうことはよくあります。
 このように昆布の善し悪しは“黒くて厚い”という単純なキーワードでは決められません。実際、最高といわれる利尻昆布の一等検(一等品)は黒というよりはやや飴色がかってますし、1年おくと色がやや赤みを帯びます。しかし後でお話ししますが味はよくなるんです。
 では、どうやっていい昆布を手に入れるか。月並みな答えになりますが、信頼のおける誠実な業者から買っていただくしかないでしょう。ただし任せっきりではなく、使ってみて、味の是非を業者に伝えていくことが大切です。業者自体も不勉強になっているのでお互いに切磋琢磨していかないと、早晩、なにが本物かわからなくなる心配があります。まず、昆布を水に浸けてしばらくおき、飲んで味を確かめてほしい。本物のいい昆布のだしは、香りも味もぜんぜん違いますよ。

 松前貿易で栄え、昆布商品で賑わった町、敦賀
 毎年、夏の昆布の収穫期には北海道の生産地を巡って1500~2000kmの旅をするという奥井隆氏は、福井県敦賀の昆布問屋、奥井海生堂の主人である。そのせいか日焼けの残る顔で熱を込めて“昆布”を語ってくれた。
 敦賀は同じ県内の小浜(おばま)とともに明治の初期まで、北海道や東北の産物を関西へ運ぶ松前貿易の最大集荷港として栄えてきた。背後に琵琶湖という輸送路をかかえ、その交易で敏腕をふるった近江商人の根拠地に近かったこともある。後に西廻りの航路が開かれ、北前船で瀬戸内海を経由して大坂に送られるようになったが、依然として寄港地として賑わってきた。昆布は交易の主力物質でもあったため、敦賀には昆布屋ができ、地場産業として発達していった。現在もおぼろ昆布の加工職人の数は全国一で、生産量も1位。流通の中心が大阪へ移った今も、商いの伝統を受け継ぐ昆布商人は意気軒高である。
 奥井海生堂は明治4年の創業。代々、曹洞宗の大本山永平寺、總持寺の御用達の昆布所であり、また一流料理店に高級昆布を納めてきた。敦賀でも扱う昆布の品質の高さでは群を抜いている。奥井隆氏はその4代目。父に昆布の目利きを学び、かつての大問屋を介した取り引きを止めて、自分の目で確かめた良質の昆布を扱いたいと現地との直接取り引きを始める。市内に小売店も持ち、最近は一部の大手百貨店で販売するようになった。

 昆布の品質はまず収穫される場所によって決まり、その産地名で値段も決められます。生産地によって値段に差が生じることを浜格差と言うんですが、浜の名前イコール品質で、その上下の差は逆転することもなく昔から厳然と生きているんです。例えば、100mと離れていない隣り同士の浜でも、昔から格差がつけられていて、値段がはっきり区別されているというのもよくあること。事実、育つ場所によって同じ種類の昆布でも、昆布の幅、長さ、色つや、風味など、形状や味が微妙に違うんですね。ちょっとワインとブドウの産地との関係に似ていると思われませんか。
「昆布をみるにはその土地の山を見よ」と父から教えられましたが、私も現地を歩くようになって、良質の昆布を産出する土地の風景はどことなく似ているのを感じます。背後によく木の繁った山があり、豊かな川が流れ込んでいて、自然がたっぷりとあるという印象です。逆に、私のような昆布屋は、入荷してくる昆布を見ればその土地の風景が目に浮かぶんです。昆布はそれだけ自然の環境の影響が形や品質にダイレクトに表われる、非常に微妙な生物なんですね。
 それなのに太平洋側の知床から稚内、礼文、利尻、日本海側の留萌までという広範囲のものをひと言で、“利尻昆布”と呼んでますから、その質はピンからキリまで。利尻昆布だからいい昆布、○○昆布だからよくないと断定するわけにはいかないわけです。

 昆布の価格はまず第一に浜の格付けによって決まる。さらに、北海道検査規格という、葉幅、長さ、色つや、重さなどの細かな部分までの厳密な基準があり、1~6等まで格付けされる。この格付けの基準は、例えば、採取解禁日の走りと后採れは区別されて、后採れは格が下がる。また、育つ場所が「沖」と「岸」に分けられ、沖のほうが日光の当たり方が少ないので、身が薄く、色も赤みを帯びている。そのため格が下がるなど、さまざまな要素がからんでくる。この基準で分類された昆布は結束されてダンボールに詰められ、色分けしたベルトがかけられて出荷される。このベルトの色や位置が等級や分類を示し、昆布商人は箱の梱包だけで昆布のすべてを判断できるという。

 利尻昆布は澄んだ上品なだしがとれるとして京都や大阪の料理店で非常に人気があります。種類は道南で採れる真昆布の一種なんですが、利尻では環境の影響で全く違うものが育ちます。利尻昆布のなかでも礼文、利尻島で採れたものをとくに、“島もの”と言い、稚内を真中にして紋別から留萌までを“地方(じかた)”と呼んでいます。地方のほうはだしが若干黄色みを帯び、浜格差は“島もの”が格段に上。中でも礼文島の香(か)深(ふか)産は別格と言われています。島の自然はおおらかで、海も本土に比べると抜群に美しい。自然を見ると、ああ、こういう場所で育った昆布なら間違いなくおいしいはずだと思えますね。島は隆起火山で金属質が多く含まれ、それで精の強い昆布が育つとも聞きました。さらに同じ香深でも採取地が東海岸と西海岸があり、東海岸のほうの昆布はアメ色がかった黒色をしていて、外海の西海岸は波が荒いのでやや細めで黒いとか、製品には微妙に差があるのです。
 香深では採った昆布はほとんど1日で天日乾燥させています。機械乾燥をするとだしが濁ると言われていて、採取日も乾燥させる日和を考慮に入れるぐらいなんです。浜で干す時にさっとのばし、乾いたら長切(ながきり)と言って根元から1mの長さで切り、両耳の不揃いを落として結束し、出荷します。産地によっては、乾燥させた昆布に再び湿り気を与え、ローラーでのばして形を整えて出荷するところもありますが、そういうのに比べると、香深のものは自然で、手を加えることはおいしさを損なうと考えられているみたいですね。

  利尻昆布を蔵で2~3年熟成させる
 その年採れた昆布は9月中旬までに現地で、各漁協、北海道漁運、消費地の問屋、浜の代表者が加わった値決め委員会で値段が決められてきた。大量に採れた昆布を売り残したくないという配慮で行われてきた制度であるが、最近は徐々に入札に切り替わってきた。全体に生産量が減ってきているせいか、香深のような人気商品は入札制度でますます高値を呼んでる。現在の主要基地は大阪で、11月頃に新ものが入り始め、ここから各地へ送られている。しかし天然の利尻昆布に関しては、主に敦賀の問屋に入り、各地の料理店に送られるケースが多いと聞く。

 私ごとになりますが、私はこの香深の昆布に非常に魅力を感じましてね、ここ数年は天然の一等検は全部、それ以外の等級のものも可能な限り仕入れる努力をしてきました。全勢力を傾けてほぼ目的を達しています。なぜそんなにしてまで? と聞かれますが、香深の昆布はなんと言うのか、頑丈で、風格があって、本当に立派なんです。もうすっかり惚れてしまったというのが正直な気持ち。どのお客さまも、やっぱり香深の一等検の昆布で引いただしが最高だと言われますし。
 うちでは蔵囲(くらがこい)と言って、秋に入ってきた利尻昆布を最低1年、長いものは2年、3年と蔵で寝かせているんです。外気の影響の少ない壁の厚い蔵を作りましてね、むしろでくるんで、光と風を遮断し、湿度を60~70%に保ち、暑い夏と寒い冬は温度調節をして静かに熟成させる。2年も経つと、昆布が枯れてますます深い色を帯び、風格が出てくるんですよ。昆布が生きているんです。
 話がそれますが、昆布の保存は冷蔵庫や冷凍庫はよくない。乾燥して風味がなくなります。カビが生えないように湿気に気をつけて、缶か瓶に入れれば常温で構いません。それから表面に吹く白い粉は昆布の性質によるそうで、出てきても問題はないようです。
 さて新ものの利尻昆布でだしを引くと、精が強いせいか、独特の臭みが出て、単なる昆布汁になってしまいます。ところが熟成させると本当に不思議なんですが、だしに昆布臭さが少なくなり、こくが出て、いっそう風味がよくなるんです。これが可能なのは頑丈な天然の利尻昆布や真昆布だけですが。とくに香深はいいんですよ。聞いたところによると蔵囲という習慣は、昔、昆布が敦賀に着いて、運び出されない間に雪が降ってしまい、運送手段がないままに、やむなくニシン蔵に保存した。ところが翌年使ってみたら、非常においしいだしが出た――というところから始まったようです。
 しかし、商品を寝かせるには財力も要る。それにうま味調味料の浸透で、昆布業界は衰退するばかりでそんな余裕はなくなっていました。私はなにせ香深に夢中でしたから守り続けてたんです。けっこう失敗もあり、かびが生えたりして無駄にもしていますが、なんとか続けられて、現在は利尻昆布は蔵囲のものをお客さまに届けています。
 こんなふうに思い入れるようになったのは北海道を廻り始めてからですね。利尻や礼文へいくと、敦賀という名前をよく聞いたり、見たりするんです。先人の足跡が感じられて、遠いけど非常に近しい。昆布を採ってる現地の人たちも一生懸命ですしね。それに昆布って2年間海に居て、2年間蔵囲して、ほぼ5年目にだしになって一瞬の役目を終えるはかない生きものなんです。そのために大の男たちが血道を上げる。滑稽ですけど、なんか日本人的な美意識もあっていいでしょう?

 先にも述べたように、敦賀はおぼろ昆布の産地としては全国一。今でも敦賀の古い街並みを歩くとシュッシュッシュッという昆布を削る音がどこからともなく聞こえてくるという。身の厚い真昆布の表面を削る“おぼろ昆布”。これは昆布の性質が1枚ずつ違うし、あまりにも薄削りなので今も熟練の手作業でしかできない。その残った芯の部分がバッテラなどに使う“白板昆布”。そして酢で柔らかくもどした昆布を何枚も重ねて圧縮し、4~5日熟成させてから断面を削る“とろろ昆布”などが伝統的な敦賀の加工昆布である。

 加工昆布は敦賀でも地場産業として発達したのですが、大阪では小豆島の醤油と結びついて佃煮になり、京都では砂糖をまぶして京菓子になったと聞いています。また刃物の町堺では、敦賀と同じ削り昆布が作られました。敦賀の昆布職人の刃物は堺のものだそうで、昆布を軸とした昔の物資の流れが目に見えるようです。
 加工昆布と並行して、私どもでは細工昆布も作り、2代目の頃から永平寺に納めてきました。油で揚げた昆布は精進料理には欠かせませんが、これはなんとも風雅な形をしたもので、きっと昔から寺の素朴なお膳を飾ってきたものでしょう。とくに菊花昆布は、尾頭付きの鯛のようなもので、位の高い人の食事に出されるものです。他に松葉昆布とか結び昆布など、いくつかのパーツを組み合わせて作るという意味で組子昆布と呼んでいます。どれもとてもおしゃれな形でしょう。
 最近はダイエット食品とか、健康食品とかで昆布が見直されていますが、それよりももっとベーシックな毎日の料理の素材として見直してほしい。小説家の宮尾登美子さんがなにかの時に、「台所にだし昆布、煮昆布、昆布締め用、細工昆布などいろんな昆布があると心が豊かな気分になるんです」というようなことをおっしゃっていましたが、非常に印象的でうれしかったですね。
 例えば、魚屋さんで「一番いい魚をください」なんてあんまり言いませんでしょう。ところが昆布屋に来られると「一番いい昆布がほしい」とおっしゃる。昆布だって何種類もあり、目的に応じて使い分けないと、全く意味のない代物になってしまいます。せめてタイとかヒラメとか注文するように、「今日は濃いだしがほしいから羅臼の天然ものを」とか、「清汁にするから利尻昆布の香深の2年ものがほしいね」とか、ちょっと上等な会話がしたいですね。そうすれば昆布屋もぼんやりしてられないのでもっと勉強しますよ。いつかお客さまと、ヴィンテージもののワインのように「何年の香深はいいね」なんていう会話ができる日がくることを願っているんです。



       日本料理の四季41


別冊専門料理 日本料理の四季41 p212~215 平成22年4月15日発行         .

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