川村二郎の食歳時記 「わさび昆布」 2010年5月
一流の料理人が使う昆布はおおむね福井・敦賀の『奥井海生堂』のものである。だから奥井海生堂は、一般の家庭とは縁が遠い。そう思っている人にお勧めは、ここの『わさび昆布』である。
これは佃煮の一種だが、はじめての人はパックを開けてシールをはがした瞬間、びっくりするに違いない。おろしたてのわさびの香りが立ち昇ってくるからだ。
若くてもほんもののわさびを知っている女性なら、
「ウッソー、信じられなーい」
というだろう。
てらてらと黒光りする昆布をひと切れつまんで口に入れる。こってりしているのに、しつこくない。生まれてこのかた、味わったことのない味だ。
それもそのはず、わさびと昆布を相思相愛の夫婦のような間柄にするのは、容易ではない。長い試行錯誤の末、“挙式”は二十一世紀まで待たねばならなかったそうだが、奥井隆社長に聞くと、
「昆布は釧路産でわさびは広島産ですが、高級品ではないんです。ですけど、高級品同士だと今の味にならないんです」
という話だった。
「食べ物の世界にも適材適所があるんですね」
というあたり、いかにも敦賀商工会議所副会頭というべきか。
炊きたての御飯なら文句なしにいいが、夜、小腹が空いたとき、これで茶漬けを食べていると、日本に生まれてよかったと思う。それにしても欧米の人たちはそういうとき、何を食べているのだろう。