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> 永平寺の精進料理と昆布 : 典座のお料理に学ぶ
日本の食文化に1,000年以上にわたり関わってきた乾物の王様、昆布。
鎌倉時代、大陸から仏教文化が伝来するとともに、中国の寺院、僧堂の食事、その食文化の中で、精進料理がわが国に伝わり、ようやく現代の食事で使われる昆布のように、食材として昆布が活躍するようになります。海藻としての特質が、その精進という世界にかなったと思われます。
元来中国では一切収穫されなかった昆布は、もともとの精進料理の中では使われていません。精進ダシは根菜、椎茸、穀類でひいていたようです。精進料理が日本に伝来してまもなく、昆布、椎茸の精進ダシが用いられるようになり、現在に至っています。殺生を禁じ、精進をむねとする寺院の食事には昆布はうってつけであったのでしょう。
流通技術が未発達であった当時、はるか北の地で獲れる昆布は高価なものでしたが、貴族社会との繋がりの深い寺院には貴重な昆布をはじめ数多くの食材が集まったようです。
1244年、道元禅師により建てられた永平寺は、都から遠く離れ、俗世間との接触を厳しく断ち、自給自足をむねとする修行道場です。坐禅を中心とする修行の生活規範があり、僧堂で坐禅する修行を「静」の坐禅、作務(食事の準備や山内の掃除等の作業)を「動」の坐禅と呼び、どちらも大切な修行として、厳格な作法が定められています。
食事は「薬石」と呼ばれ、修行をする体を作るお薬という考え方で、道元禅師の書、『典座教訓』に詳しく記されています。今でも夏は朝の3時より朝食の準備に入ります。
ちなみに、往時の僧堂の食事は朝と昼のみ。朝の坐禅、午後の坐禅に向けての食事であったようです。夜、若い修行僧は空腹を紛らわす為、暖めた石を腹に抱いて寝たそうです。その事から、ふところの石と書いて懐石(かいせき)と呼ぶお料理は、今でも夕食のことを指します。今では世界的な言葉にもなった「KAISEKI」は、実は昔の寺院の僧堂から生れた言葉です。
明治の中期頃、御用昆布所として山内への出入りを許された弊舗は、大庫院と呼ばれる永平寺のお台所へ100年余にわたり、御用をつとめさせていただいております。昭和に入り、神奈川県鶴見にございます、大本山總持寺にも御用昆布所としての御許可のしるしをいただき、名実共に両本山御用達となります。
大正時代の永平寺の献立を記した帳面。
「台引 昆布」の文字がみえます。
精進のお料理では昆布が大活躍いたします。ダシはもとより、作務の時のおにぎりのとろろ昆布や煮昆布の結び昆布、客膳を引き立てる数々の細工昆布と枚挙にいとまがありません。
弊舗では今でも、細工昆布のことを「組子昆布」(登録商標)と呼んでおります。
一番大切な組子昆布に「献上大菊花昆布」と呼ばれる菊の花に形作る細工昆布があります。年間に数えるほどの数しかお納めしません。
次に「菊花昆布」の大きいものから小さなものまでの数種類の組子昆布。
また、多くの客膳に供される組子昆布に「蛇腹(じゃばら)昆布」(登録商標)があります。蛇の腹に似た形状からこの様に呼ばれます。
さらに、松葉の形に似せた松葉昆布、一つ結びの結び昆布と、様々な組子昆布をそろえ、100年余にわたり御用を頂いております。
道元禅師が著された『典座教訓』には今に通じる食の大切さが記されています。禅寺のお台所では野菜の皮一枚、へたひとかけらでも無駄にせず、残った食材も工夫していただく考えです。体に大切で有益な物だけを必要量、無理なく取入れる現代の食事療法、マクロ・ビオ・テックやホール・フードと云う考えに影響を与えたのが、この僧堂の食事です。
そして常に今の自分にこの食事を頂くだけの功徳があるのかを自問します。『五観の偈(ごかんのげ)』という食事を頂く前に必ず読み上げる経文の中に、「己が徳行の全欠をはかって供(く)に応ず」という言葉があります。そもそも禅寺の食事は、一汁一菜と呼ばれるように、現代では想像できないくらいの粗食です。その食事を頂くのに自分にはその資格があるのかと、毎日毎日自問しながら、修行僧は山にこもり厳しい修行を続けております。ですから賓客に対する食事でも豪華なものはかないません。精進を旨とする永平寺の客膳は、手間を惜しまず、心を込めて、食材の持ち味を最大限に引き出してもてなすことになります。胡麻豆腐もすり鉢で胡麻をすることから始まります。
美味しい、まずいと切り捨てる今の「食」を取り巻く環境では説明の出来ない世界かもしれません。先の経文の中に「彼(か)の来処をはかる」と云う経文があります。どのような人々の苦労の中でその食材が育まれてきたのかを道元禅師はさとします。
食料自給率がいよいよ40%を割り込み、食糧危機や環境破壊が叫ばれる今、僧堂の精進料理の中に私たちが学ぶべき事の実に多いことに驚きます。
食べ物を、体を作り上げる大切な「薬石」と呼び、それに値する自分の生活があるのかを自問する毎日。いただく物への想い。無駄にせず、大切に扱う心。全てが今叫ばれている大切な「食育」に通じます。